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根性焼きとリストカット

2010/06/12 Sat 12:23

根性焼き。いい響きです。明るさだけが取り柄のバカな少年が笑っています。

それに比べてリストカット。なにやらドーンと暗く、辛気臭い少女がジメジメとした部屋の片隅で泣いてます・・・

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根性焼き。

タバコ屋の角を曲がった辺りから既に銀蝿の曲がガンガンと聞こえて来ます。
ボロアパートの2階の角部屋はヒビの入ったサッシが開け放たれ、道路からは部屋の中に所狭しと貼られている永ちゃんのポスターが見えます。
アパートの前には紫のケンメリと直結された原チャリ。アパートのコンクリート塀に殴り書きされたスプレーの落書きは漢字が間違っています。

先輩のアパート。

先輩が近所の板金屋へ仕事に行ってる昼間は後輩達の天国です。
野良犬のような少年と野良猫のような少女が、全身からホームレスのような匂いを漂わせながらシンナーの袋をスーハースーハーとやっております。

ここにやってくるのは基本的にバカばかりです。
しかしバカですが世間に拗ねてはいません。明るさだけが取り柄のバカなのです。

夏なのにコタツがまだあります。コタツの天板にはクリームソーダのドクロのステッカーが貼られ、紫のペイントマーカーで「愛羅武勇」と落書きされてます。
やたらと紫が好きです。
基本的にバカですから何でも紫のスプレーで塗りつぶします。

あと、やたらと日の丸が好きです。
政治的思想や愛国心があるわけではございません。
暴走族を引退した先輩が月に一度の右翼の街宣活動に駆り出される為、それに影響されて「日の丸」が好きなだけです、基本的に何も考えてませんから。

そのアパートには、とっかえひっかえ少年少女達が出入りしております。上は18歳から下は中学生まで男女問わず朝から晩まで24時間やってきます。
基本的にフリーセックスですが、乱交やレイプは厳禁です。理由は部屋が臭くなるからです。そこらじゅうに精液を飛ばすと先輩が臭い臭いと怒るのです。

入場は無料です。但し、シンナーの持ち込みは禁止されています。そこで吸うシンナーはこの部屋の主である先輩が売るブツでなくてはいけないのです。
あと、部屋の前に単車や車や自転車を止める場合はステッカーを購入しなければなりません。そのステッカーが貼ってないと強制的に撤去されます。ゴミみたいです。

さて、そんなアパートではバカな少年少女達が様々なドラマを繰り広げています。
しかし基本的にバカばかりですから大したドラマではございません。

額を青々と剃り上げた中学生がラリッた勢いで拳にタバコを押し付けました。
根性焼きと呼ばれる、根性を試す為の儀式です。

ケニアの先住民マサイ族の少年は男の強さを示す為にライオンと戦います。
パプアニューギニアの少年は一人前の男と認められるには素手でサメと戦わなくてはなりません。
そして平和大国日本の少年は、根性を誇示する為に火の付いたタバコを生身の体に押し付けるのです。

それが「根性」というのかどうかはわかりません。
デビュー当時のマッチの座右の銘は「根性」でしたが、彼のどこに「根性」があるのかも今だにわかりません。

ひとりが根性焼きを始めると、その場にいた者達はたちまち相乗します。
基本的にバカですから、皆がやって自分だけやらなければ「根性無し」と見なされると思い込んでいるのです。

ソリコミの少年があまりの熱さに「クックックッ・・・」っと唸ります。少年の拳は皮がベロンと剥け、拳に真っ赤な丸印がクッキリと浮かび上がります。

それに挑発されたチリチリパーマのお姉ちゃんも「なめんなよ!」と手の甲にマイルドセブンを押し付けます。

右腕の拳から肘まで見事にズラリと一列に丸印を入れたベテランの無職少年17歳(窃盗常習犯)も、「ふん」と鼻で笑いながら余裕で左手の甲に新たな歴史を刻みます。

こうして、基本的にバカなヤンキー達は「根性焼き」という、まるで伊勢神宮のおみやげのような名の「不良の儀式」を耐え、立派な不良になって行くのです。




一方、リストカット。

何不自由ない中流家庭の一室。
レースのカーテンから差し込む月の明かりに無気力な少女の顔が青白く浮かび上がっております。
ヘッドホンからシャカシャカと洩れて来るのは椎名林檎。

基本的に暗いです。
不幸をファッションと考えている彼女達には「暗い」という演出は欠かせないのです。

この「不幸」をコンセプトとしたファッションは、70年代のカルメン・マキの時代からございましたが、しかしあの時代の「不幸」には「汚れ」が付きまとっていましたから、今のソレよりは幾分「力強さ」が感じられました。

70年代の不幸少女というのは、「貧困」、「孤児」、「混血」、「父親飲んだくれ」、「母親売春婦」、といった

逆らえない運命

というものが背景にございました。
ですから、そんな少女達は「暗さ」がよく似合いました。リストカットもバシバシやってましたし、ことある事に何かというとすぐに睡眠薬を100錠飲んだと威張りました。

ストレートの真っ黒な長髪に歯ブラシのような付けマツゲ、ヘソだしスマイルTシャツにツギハギパンタロンのそんなマキたちは、みんなアソコが臭かった。

15、16、17と私のアソコは臭かった。

そんな、不幸をコンセプトとした孤独なマキ達は、80年代になると姿を消しました。

変わりに、妙に暗く捻くれた少女が現れました。

その少女達に「目力」というものは感じられません。
無気力でいつも体がだるそうです。

そんな少女達は常に自分を不幸の中心に置きたいと考えています。
しかし実際は、家も裕福だし、混血じゃないし、パパは係長だし、ママはユーキャンのペン習字なんかしてて、

どこにも不幸が見当たらないのです。

ですから少女達は、家庭ではなく学校に「不幸」を求めました。

少女達はイジメられたいのです。
意地悪なクラスメート達に、机の上に「ブタ死ね!」と書かれたくてウズウズしてます。
全然臭くもないのに「臭せぇんだよ!」と言われたくて堪らないのです。

そうじゃないと家に帰ってから「不幸ごっこ」が出来ないのです。
椎名林檎の歌でワルぶって、浜崎のバラードに慰められないのです!

理由もなくリストカットはできないのです!
理由のないリストカットはただ痛いだけなのです!


・・・・・・・・・・

そんな少女達は、いつか松潤が助けに来てくれると信じています。
いつか松潤が現れ、「キミは全然臭くない!」とギュッと抱きしめてくれるのを夢見ながら、暗い部屋の片隅で椎名林檎をシャカシャカと聞いているのです。

自分で自分をトコトン不幸に追いやっておきながら松潤とは、なんと図々しいヤツラでしょう。



さて、それでも一向に松潤が現れないまま卒業してしまった不幸少女は、せっかく入学した高校をすぐにヤメてしまいます。

そう、不幸少女の履歴書には「高校中退」という言葉が絶対に必要だからです。
そんな言葉を背負って渋谷や新宿のネオンに繰り出すのです。

賑やかなネオンの下を椎名林檎の曲を聴きながら不幸少女はフラフラと彷徨い歩きます。

「朝まで1人で渋谷の街を彷徨っていたの・・・」

このセリフが言いたいばかりに、必死になって朝まで歩きまくります。

しかし、よくよく考えれば1人で渋谷の街を彷徨うのは当然です。

だって少女は埼玉県人だからです。


もちろん、そんな少女のバッグの中には、不幸少女のバイブルである、飯島愛の「プラトニック・セックス」が隠れています。
そんなくっだらねぇ本を深夜の交差点の上で1人読みます。
暗くて文字が見えませんが、でもまあスタイルですから、文字なんて読まなくてもいいのです。

すると、不意に後から「ねぇ」と声を掛けられます。
いよいよ松潤の登場かと思いきや、それはハゲた援交親父。

しかし、それも立派な不幸少女になる為のひとつの試練です。
少女は白豚のような口臭ハゲ親父に、昭和の匂いがプンプン漂う温泉マーク、

別名「さかさくらげ」

と、呼ばれる連れ込み旅館に連れて行かれます。

出来る事なら、渋谷の夜景が見下ろせるラブホが良かったのですが、しかしハゲ親父が「ワシの知ってるホテル行こか」と、妙に親父狩りを警戒しているために、こんな時代遅れの温泉マークになってしまいました。

ハゲ親父から2万円を受け取った少女は、そのシワクチャのお札を眺めながら、今夜聴く浜崎のバラードはさぞかし心を熱くさせるだろうとワクワクします。

さぁ、いよいよ不幸劇場の始まりです。
やっと不幸少女になれると、さっそく不幸モードに入った少女は、ベッドの隅でソッと体育座りをします。
そして一言ポツリと

「私・・・イジメられてたんだ・・・」

と、オープニングのナレーションを入れます。

しかし、そんな少女に返って来たのは、

「ブッ!」

という親父の屁。
しかもその屁は臭いときている。

「ギロッポンの夜」を口ずさみながら自分の脱いだ服を丁寧に畳んでいるハゲ親父が、

「あっ?なんか言ったか?」

と、残り屁を「パスっ」と搾りながら聞いて来ます。

それでも少女は不幸劇場を諦めません。
ベッドの隅で淋しそうに膝っ小僧を抱きながら呟きます。

(大人は何もわかってくれない・・・)

出ました十八番。
親父の臭い屁の後にこのオハコのセリフを言うのは少し気が引けましたが、しかし少女はこのセリフを吐いたことにより少し飯島愛に近づけた気がします。

その後、少女は豚のようなハゲ親父にあっちこっちとひっくり返され、ケツの穴なんか匂いを嗅がれて「クセェなぁ」などと屈辱されてはプラトニック・セックスどころの騒ぎじゃなかったのですが、まあ、一応、少女はリストカットする口実だけはなんとか手に入れたのでした。

さぁ、いよいよクライマックスです。

部屋の電気を真っ暗にし、月の明かりを部屋に取り込みます。
ここで大切なのはムードを高めてくれるBGMです。
本来なら自殺する時のBGMというのは、中島みゆきや山崎ハコといった「死にたくなるくらい暗い歌」なんかが定番なんですが、しかし、今時の不幸少女はわざと明るい曲を流そうとする傾向にあるようです。

つまり、もともと本気で死ぬ気のない彼女達には、その瞬間が、まるで映画のエンディングであってほしいと夢を見ているのです。
映画のエンディング曲で、中島みゆきの「うらぁ~みぃまぁ~すぅ~」は怖すぎます。山崎ハコの「呪い」なんて曲も、自殺の意味が変わってしまいます。

ですから不幸少女達は手首をバッサリとやる時には、映画のエンディングのテロップを想像し、自分にあったその状況にあった曲を選択致します。
死ぬ気のない確信犯な彼女達はいたって冷静なのです。

準備が整いますと、簡単な遺書を書きます。
もちろんこれも演出です。
いかに自分が不幸なのかを書き連ねるのですが、しかしもともと死ぬ程の大した不幸じゃありませんのであまり詳しく書くと逆に同情してもらえなくなる恐れがあるので、とりあえず

淋しかった

耐えられなかった

空しい

といった曖昧な単語を病的に書き連ねるというテクニックを使います。
これが、したたかな不幸少女になると、その遺書に「赤のムーブが欲しかった」や、「茶色のトイプードルが欲しかった」など「要望」や「リクエスト」まで書き込みます。

このように計算された準備をした後、チンケなカッターナイフで手首に軽く傷を付けるのです。

この傷は皮しか切ってません。皮を切っただけでも一応は傷跡は残りますから、元々死ぬ気なんてございませんからできるだけ痛くない方がいいのです。
しかし、中には思った以上に深く切ってしまい慌てるバカもいます。
グサッと切ってドバッと血が出て「うわっ!」なんて驚いて、「ヤベっ!マジ死ぬ!」と慌てて医者に行くのです。

そんな彼女達は、ヤンキーの「根性焼き」の如く、その傷を見せびらかします。
手首のミミズ傷が多ければ多い程、凄いんだと思い込んでいます。
バーコードのような恥ずかしい傷なのに、それがファッションだと思い込んでいるのです。

「手首の傷跡」

実に文学的な言葉です。
赤線の女なんかにはそんな傷が1本くらい付いてた方が哀愁を漂わせます。

しかし、一歩間違うと、キチガイです。
バーコードのような傷跡は狂気を感じさせ、おしゃれでもなんでもないです。

そんな事ばかりやってると本当にイジメられるぞ!


・・・・・・・・・・・・・


このように、同じ自傷行為であっても「根性焼き」と「リストカット」は全く違う意味を含んでいます。

しかし、「根性焼き」や「リストカット」の、その本質的な意味を知らないハゲ親父は、そんな若者の傷を見ては、

「せっかく親から貰った体なのに・・・」

と、汚い物でも見るかのように目を背けます。

しかし、彼らからしてみれば、そんな親父のハゲ頭を見て、

「せっかく親から貰った髪の毛を・・・」

と、目を背けているのです。



「根性焼き」と「リストカット」。
時代と共に若者の自傷行為は変化しています。

この自傷行為の原点は、吉原の遊女だったと言われています。
遊女が惚れた男に愛を示す為に小指を切断し、それを男に送ったらしいです。

泣けます。
遊女の切なさがヒシヒシと伝わって来ます。


今後、我が国日本の若者の自傷行為はどう変化して行くのでしょうか。
実に興味津々です。


(もし僕がリストカットするなら、絶対にこの曲を聴きながらヤリます)


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